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Channel: フィリピン再移住に 向けて 体制を整え 日本で準備しています
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先日の記事

「フィリピン移住 
地獄の沙汰も金次第......」

たくさんのコメント
ありがとう
ございました。

フィリピン
在住者さんは皆さん
腹をくくって
いらっしゃいましたね。

さすがです



これからも
将来移住される方のために
気がついたことを
書いていきたいと
思っています。

私は
フィリピンに
20数年前と
6年前の約2回
移住しましたが

まだ若かったこともあり
病気のことまでは
考えたことが
ありませんでした。

そこで
6年前の移住を
振り返ってみました

6年前だと
まだ40代後半で
年金がもらえる歳までは
ほど遠いですよね

いくばくの
貯金があっても
さすがに十数年間は
持ちません

そこで
フィリピンでは
何かしら
稼がなくちゃ
いけませんでした

なので
ビジネスをするには
まったく誰も
知らない場所じゃあ
無理だろうと思い

妻の実家がある
ダエトに
なったわけ
なんですが

これが年金を
もらえて
ビジネスをしなくていい
となれば

たぶん違う場所に
住んだんだと
思います。

たぶんナガ
だったのかも
しれません

ビコール地方で
最大の都市
ナガは 
空港もあるし
SMもあります

ナガだと
マニラまで1時間

その日のうちに
日本に帰れます。

数年前に
父親が
亡くなりましたが

あの時は
もう東京に
いましたので
速やかに帰ることが
できましたが


それがあのまま
ダエトにいたなら
どうなって
いたんだろう?

って思います

訃報の知らせを
受けたのは
6月3日の
AM10時ぐらい
フィリピン時間だと
AM9時ですよね。

その日の
夜行バスに乗り
10時間かけて
マニラに
6月4日早朝きます

それから
午後便の飛行機で
夜に東京着
次の日の朝一の新幹線で
秋田の田舎につくのは
6月5日の午後に
なるわけです

don**n117*jpさんの
コメントにも
ありましたが

24時間以内に
帰れるってのは
とても大事だと
思いました。

将来フィリピンに
移住される方は
病気、子供の教育
日本へのアクセス
ファミリーの問題等

いろんな要素を
よく考えたうえで
移住してくださいね。


あともう一つ

仮永住の
13Aビザ

ナガの入管では
13Aのビザは
ダメでマニラでしか
取れませんでした

確か...

1.最初に必要書類を提出し
インタビューの日を申し込み

2.国が選出した
弁護士に
夫婦でインタビューを受け

3.その1週間後ぐらいに
ビザが出て
取りに行ったような
記憶があります。



マニラに住んでいれば
なんのこともないのですが

ダエトだと

夜行バスに乗って
10時間かけて
こなければならない

10時間を3往復
計6回も
行き来するなんて

とても
嫌だったので

マニラのホテルに
2週間も
滞在する羽目に
なりました。

2週間も
ホテルで暮らし
夫婦で
3食を外食すると
結構なお金が
かかりますよ


辺鄙なところに住むと
こういうことも
起きるんです



これからも
過去の経験から
学んだいろんなことを
赤裸々に記事に
していこうかな
って思っています。

一番最悪なのが
フィリピンの移住に関する
知識がなく

こんなはずじゃなかったと
移住して後悔すること
だと思います


終わり

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フィリピン移住 移住生活を豊かにする取り組み

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先日不用品を
ブロ友さん達に
引き受けて
もらいました

将来の
フィリピン移住で
より楽しく豊かな生活を
するために

醤油、味噌から
はじまり
ウスターソース
タバスコ
マヨネーズ


燻製までと

いろんな
日本の伝統的な
食品、調味料に
挑戦してきました

そのほとんどは
うまくできました

さらに
焼酎、納豆、麹を
作るための道具も
買いそろえました

でも
やはり一人で
日本で仕事をしながら
全部作るのは
ちょっと
大変です


さらに私は
フィリピンに
完全移住ではなく

日本とフィリピンを
行ったり来たりする
半移住に
シフトしたため

そのため
調味料づくりや
酒作りへの
テンションが
下がってしまいました。

例えば
麹は完成まで
3日間必要なんです

仕事がある日には
作れませんし

かといって
連休をとったら
すぐに
フィリピンへと
飛んでしまいますから
なかなか
時間の問題で
麹をつくれませんでした。

なので
これらの器械

他のブロ友さん達に
もらわれて行き

時間のたっぷりある
ブロ友さん達が
移住生活で
必要なものを
生産してくれる

これは
願ったりかなったりだと
思いました。

もし私も
将来考えが変わり
フィリピン半移住から
完全移住したく
なるかもしれません

そんなときに
作り方を
聞けますからね

特に
焼酎作るのなんか
結構難しいと
思いますので
がんばってほしいと
思います。

さらに先日
簡単にできる料理を
記事にさせて
いただきましたが
これも反応が
良かったです。

私達
フィリピン移住者さん
フィリピン移住希望者さん

南米移民のように
同時期に集団で
移住したわけでは
ありません

住んでいるところも
奥さんの出身地が多くて
みんなバラバラですよね

なので
日本人街のような
まとまった居住は
できないので

せめて
ブログを通して
いろんな情報を
発信したり
共有したりすることが

移住生活に
役立つのでは
ないでしょうか?

終わり

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フィリピンの 甘いスパゲッテイは 嫌だという方のために

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今日は
ブロガーさんから

「BOOさんからは 鶏料理、
クララさんは パスタを教えて!」

というリクエストが
ありましたので

まずは
簡単パスタから
ご紹介します

材料
イメージ 1





パスタ
(太さは自由です)

ニンニク1片

ネギ

      ごま油(sesami oil)


クノールシーズニング醤油
(めんつゆ)

イメージ 5





一味唐辛子か
唐辛子の輪切りの
どちらか


まずパスタ
をゆでます


イメージ 2




小さじ1杯ほどの
油を入れて
ゆでると
メンがくっつきませんよ

ゆであがったら
フライパンに
ゴマ油とニンニクの
みじん切りを入れ
火をつけます


イメージ 3



唐辛子の輪切りを
加えます


イメージ 4



(種は辛いので
入れません)

それから
メンを投入して
ネギを入o
れて
イメージ 8


味をつけて
出来上がりです

私は日本なので
麺つゆを使いました

フィリピンだと
シーズニング醤油
がおいしいです

一味唐辛子を
使う場合は
最後に振りかけて
イメージ 6



出来上がりです
イメージ 7




シンプルで
飽きがこない味です

ゴマ油は
セサミオイルという
名前です

大きいスーパーで
買えますよ

簡単にできる
鶏料理は
明日アップいたします。



終わり

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簡単鶏料理が 想定外の事態に

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BOOさんの
鶏料理を教えて
という
リクエストに
お応えして

レモンチキンを
作ることにしました

材料は


イメージ 1


鶏肉
   はちみつ (HONEY)
ニンニク
レモン
マジックサラップ

まずレモンの皮を
すり下ろします





レモンの皮は
ゆずにも負けない
いい香りがあるので
フレンチでは
よく使います

レモンの皮を下ろし
果肉を搾り
マジックサラップ
ニンニクのみじん切り
を入れて

味を確認します




あまくて
しょっぱいぐらいが
ちょうどいいです

 

材料を漬け込んで
イメージ 2


1時間ほどたって
焼いてみようと
思ったら


なんと
備え付けの
IHヒーターが
   故障してしまいました(笑)

今から
管理会社に連絡しても
スグには
治らなそうですね

あと 使える 
調理器具というと
炊飯器しか
ありません

そこで
計画変更

これを 
鶏のピラフに
することに
いたしました


米を3合とぎます

水加減は
レモンチキンの
漬け込みたれを
入れて

ちょうど3合の
水加減になるように
してください

これだけでは
寂しいので

味に複雑さを
出すために
パイナップルを
細かくカットして
入れます

さらに 
コクを出すために
 

ミニトマトも
加えると
うまみがでます

イメージ 5




あと 
醤油を大さじ2杯
入れて香ばしさを
出します
イメージ 4



なんか
いいにおいが
立ち込めて
きました

調理ができたので
食べてみました
イメージ 3



なんか
塩気が足りない...

バターと 
パイナップルが
勝過ぎています。

そこで
塩を振り足して
ネギを刻んで
まぜました

結局
とても
人にお教え
できるような

完成した
料理には
なりませんでした

(翌日冷めたものを食べたら
コンビニの
チャーハンおにぎりのようで
後から足さなくても
いい味でしたね




でも
フィリピン移住って
一言でいえば
こんなものじゃあ
ないのか?

考えていたことと
違うことが
次々に起こり

それに
なんとか対応して
いかなくては
けません

今回も
レモンチキンから
鶏ピラフに
変更を余儀なく
されました


しかもピラフ
急遽頭の中で
考えたレシピ

出来上がりが
想像と違う味に
なったのを

さらに味を
修正して
なんとか
食べれるようにする

まるでこれ
フィリピン移住の
対処法ですね

フィリピン移住では

IHヒーターが
故障しても
あきらめず

何とか他の方法で
食事を作る
そんなスキルが
求められます


そういう
ハプニングが
愉快に思え
許せる人は
なじめるし

いちいち
イライラして
腹を立てる人は
長く住めない

フィリピンって
そんな国ですよね



ハッハッハ

終わり

なんか
ハプニングで
記事がうまく
まとまりました

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フィリピンという国を 地政学上から 考えてみました

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今 日本では
大河ドラマ 
女城主直虎が
放映されています



この井伊家
徳川家康に仕え
井伊直政が
徳川四天王になり

幕末の
井伊直弼まで
重臣として
使えるわけなんですが

本当に運が
よかったんだと
思います

一番何がよかったか
というと

遠江に
領地があった
ということだと
思います

井伊の領地は
今川領と徳川領の
境目にありました

最初は
今川家に
仕えていましたが

今川家が
戦国時代
早い段階で
滅んでしまいます

次に使えたのが
隣の国三河の
徳川家康でした

徳川家は
その後天下を取り
200数十年
日本に君臨するわけですが

もし井伊の領地が
遠江でなく
関東だったら

当然
北条氏の家臣になり
戦国時代の
一番最後に
負けてしまいます

あの
のぼうの城の
城主
成田長親の忍城は
今の埼玉県の行田に
あります



たったの3千で
豊臣軍
石田三成率いる
万の大軍に
勝ちましたが



北条が
降参したため
最後には降伏し
領地も没収され
転落の人生を
歩むことになります



やはり
のぼうの成田と井伊
同じ国人でも

井伊は
運がよかったんだ
って思いました



このTVを見て


フィリピンも
同じく
地政学上から
考えてみると

スペインの植民地に
なるべくして
なったのでは
ないだろうか?

って思いました

フィリピンは
亜熱帯なので
1年中
実りが豊かです

冬がないので
蓄える必要がなく
スペインが
植民地にするまで

大きな
中央集権の国家が
一度も生まれて
いませんでした。

しかも
フィリピン
東南アジアの
一番西の端

文明国家中国からは
離れすぎていて
十分に
文化が伝わりません
でした

一方の日本は
四季があり
作物のとれない
冬を蓄えた食糧で
越えないと
だめだった

そのたくわえが
貧富の差を生み
大きな集団を生み
日本を統一した

さらに中国から
朝鮮を経由して
お手本となる文化
入ってきた

味噌、醤油を
はじめとした
食料品

陶器
水稲農耕、寺、
都、政治体制まで

日本は
ほとんど
中国の物まねから
スタートしています



それでいて
海で隔てられて
いたので
朝鮮やベトナムのように
中国の植民地には
ならなかったんです

このことが
天皇制を
存続させて
抜群の安定感のある国に
なりましたよね

今の日本と
フィリピンの差は
人種の優劣とかと
いうよりも

どっちが
中国に近かったか?

亜熱帯か温帯か?

という差が
日本とフィリピンの
差だったような
気がします





大航海時代に
スペインは
フィリピンだけでなく

日本にも
やってきましたが
武力があり
征服できませんでした

もしフィリピンが
九州辺りにあったなら
当然四季もあり
冬が来たので
中央集権の国家が
誕生したし

中国の文化も
伝わったんで
しょうね

そうすると
スペインの
植民地にならず

日本並みの
先進国になっていた
可能性は
ありますよね

そうなったら
フィリピン人が興行で
全国のPPに来る
なんてこともなく

幸か不幸か
皆様の人生は
今とは違って
いたんでしょうね

終わり

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フィリピン 人材育成

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フィリピンは
労働賃金が
あまりにも安い
安すぎますよね

 労働者階級は
いつまでたっても
生活が楽になりませんよね

16世紀にマゼランが
フィリピンに
やってきてから
約500年
ずーっと
奴隷のままです。

これを何とか
解消できないか?
って
いつも思っているんです


フィリピンの
労働者市場は
いつも
供給過多なので

賃金は
そう簡単に上がるとは
思えません。

雇用を増やすと
いっても
そんなに簡単ではなく
現実味が
ありませんよね

じゃあ今
できることは
何なのか?
いろいろ
考えてみました

フィリピンは
出稼ぎ立国
優秀な人材を育て
海外に派遣すれば
より高額な収入を得られ
仕送り額もアップしますよね

ということは
人材教育に
もっと力を入れる
必要がありますよね

フィリピンで
大事なのは
教育の公平性だと
思うんです

金持ちだけが
私学でいい教育を受け
貧乏な人はそれが
できません

人口が1億もいる
フィリピン
貧しい人から
天才が出る可能性が
ありますよね

天才織田信長だって
身分制度の厳しかった
戦国時代に

織田家の重臣で
功績のない
佐久間や林を
左遷して

浪人だった
明智光秀や
百姓 豊臣秀吉
滝川一益達を
方面軍司令官に
抜擢したからこそ
天下統一が
見えたんです



フィリピン
公立校は 
学費はとても
安いんですが
レベルが
とても低いですよね

でもたった一つ
UPは公立校で
 レベルが高い

イメージ 3


そこで
各州に一つずつ
UPの校舎を作り

UP ダバオ校
UP   セブ校
UP  バコロド校
UP クラシ校 小物釣り科(笑)

のようにする

さらに付属の
中学、小学校も併設し
授業料は
全て無料にする

教授が足りないなら
ネットで講義
すればいいじゃあ
ないですか

校舎がないなら
レベルの低い
公立校を廃して
UPにすればいい


さらに
学力が高い
フィンランドのように
IT教育に力を入れ
給食まで無料にすれば


貧困層の子供も
地元にある
無料の学校なら
通えますよね

そうすると
貧困層の中から
国を背負って
立つような
優秀な人材が
ぼこぼこ誕生すると
思いますよ

人材は国の宝です

これから
20年間は
フィリピンは
アジアで
一番発展する国と
言われています。

そうすれば
国の宝の英知で
フィリピン国内で
雇用が増えて

いい方に
経済が回り始める
んじゃあ
ないでしょうか?

例えば
日本の幕末
いいお手本があります

当時 佐賀藩主に
鍋島直正って人が
いたんですが

イメージ 1


この人が
藩主になった時には
藩は借金だらけでした

まずお金がない時には
まず教育に力を入れ
長崎に留学させたり
しました

そうやって
人材を育てておいて


その後直正
幕府から
借金をして
洋船や大砲を
建造するために
精錬所や
アームストロング砲まで
作ってしまいました

イメージ 2


幕末というと
薩長と
思われがちですが

最新鋭は佐賀藩

その無敵の
アームストロング砲で
快進撃
バッタバッタと
幕府軍を倒して
いきました

膠着状態だった
上野の彰義隊も
会津の城も
これで
吹っ飛ばしたんですよ。

もし
アームストロング砲が
なかったら

明治維新も
かなり遅れた
ことでしょうね

フィリピンも
まずは将来に備えて
人材育成
じゃないでしょうか?

あともう一つ
ミンダナオの問題

キリスト教VSムスリム

宗教で対立して
ドンパチやって
いますよね

1国に2つの大きな
宗教勢力があるのは
逆にチャンスだと
思うんです。


戦国大名の今川家は
領地は
なくなりましたが
徳川の旗本となって
存続します

今川家は
貴族のしきたりや文化を
よくわかっていて
代々 
武家との間の
調整役になり

幕末の
15代将軍慶喜の時には
幕府NO3の若年寄になり
朝廷との折衝を
することになります

フィリピンも
今川家のように
ムスリムとカトリックの
懸け橋になり
独自の道を行けば
いいんですよ


あと中国が
秘境だった
カシュガルを
大開発して
アジア西部の窓口にして
貿易拠点に
しましたよね

これで
大成功しました


これに習って
フィリピンも
サンボアンガを
特区にして

ムスリム向けの
ハラルフードの開発とか
ムスリム専用の
ファッションを
輸出するとか?

サンボアンガの南には
インドネシアと
マレーシアがあるし

さらに
バングラデッシュに
パキスタン

中東の産油国は
お金持ちです

アメリカと
仲の悪い国もあるので
ビジネスチャンスが
あると思います

これから
20年間
発展する国なので
当然税収もアップする
ことでしょう

ムスリムは
カトリックに比べて
貧しいから
もめるのであって

サンボアンガが
マニラみたいになれば
ムスリムの所得が
上がれば

紛争も起きなく
なるんです

OFWだって
ムスリム国専用に
教育して
送り出せばいいでしょ?

武力で力づくで
抑えたって
根本の解決には
ならないんです。

1.貧しくて優秀な人に
いい教育
2.ムスリム圏の
所得アップ政策

これでフィリピンは
つかみはOK
じゃあないでしょうか?





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最低賃金

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日本の最低賃金が
改訂になり
全国平均
1時間当たり
848円に
なったそうです。

東京は
950円を
超えています

フィリピンだと
1日の最低賃金が

確か州により
300ペソ台から
500ペソ
ぐらいだったと
思います。

フィリピンの1日分と
日本の1時間が
ほぼ同じなんですね。

まあ
物価差があり
フィリピンが
1/4として
計算すれば

フィリピンの
1日最低賃金500peso=1100円

1100×4(物価差)=4400円

日本で1日
4400円しか
収入がなかったら
月だと約10万円以下

これで
家族で生活するって
やはり苦しいですよね

最低でも
×2で
今の2倍は
必要ですよね。

私は日本で
タクドラをしていて
収入は低いながらも

年に3回ぐらい
フィリピンに
あそびに行きます

イメージ 1


フィリピン
滞在期間中には
必ずタクシーに
乗りますが

フィリピンは
タクシーの車両もぼろいし
さらに道が
とんでもなく
渋滞するので
日本での仕事のほうが楽です

イメージ 2


フィリピンのタクドラも
完全歩合制なのですが

たぶん1日働いて
500ペソ~800ペソ
ぐらいしか
稼げないのでは
ないでしょうか?

生まれた国が
違ううだけで
同じ仕事をしていても

日本人は
海外旅行に行けて
フィリピン人は
食うや食わず

「俺はフィリピンに
生まれなくて
運がよかったんだ!」

って
思いました。

終わり

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蒸留器を託したのは こんな人

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私が蒸留器を
託したAさん

イメージ 3


今年5月 
フィリピンへ
行ったときに
数日間行動を
共にしました

Aさん

来年にも
フィリピンへ
移住したいと
考えていて

移住先を
探されています

この方
お会いして
わかったのですが
無類の酒好きでした

短期滞在にも
かかわらず

日本から
山のような酒を
持ち込みました

焼酎は
いうに及ばず....

菊水の
ワンカップまで
ごっそりと
買ってきていました

イメージ 1


無人島へ来たわけ
じゃあ
ないんだし

酒の厳禁な
ムスリム国へ
旅行したわけでも
ありません



フィリピンにだって
豊富に酒は
あるんだし

いくら何でも
こんなに
  持ち込むなんて....

ははは

本当に
お酒が好きなんだ
って思いました。

こんな酒好きな
Aさんだったら

たとえ失敗しても
何度でも

何度でも

再挑戦
してくれるに
違いないと
思いました





Aさん
将来の移住に備えて
蒸留酒の研究を
始めました

まずは簡単な
ものから

ぶどうジュースに
酵母を混ぜたもの

さらに市販の麹を
使って発酵を
促したもの

試行錯誤しながら
きっちりと
データを取っています

日本酒で獺祭という
有名メーカーが
ありますが

イメージ 2


あそこの酒も
杜氏に頼らず
データを重視して作った
今一番人気の
素晴らしい
日本酒です

こういう
Aさんのような人が
フィリピンに移住して
酒を造るって

素晴らしいじゃあ
ありませんか?

すでに
ブラカンでは
Kさんという方が
焼酎を作り成功され

さらにさらに

つまみの
燻製まで作って

人生を楽しんで
いらっしゃいます。

フィリピンは
フルーツ王国

バナナ パイン 
ランカ スターアップル

君たちキウイ
パパイヤ マンゴ~だね~





米から日本酒
ぶどうからワイン
リンゴから カルバドス
麦から ウイスキー


でも、
トロピカルフルーツで
メジャーな酒は
ありませんよね。

ココナッツを
蒸留して作った
ランバノッグ
おいしいのに
あたったことが
ありません

是非造って
いただきたいですね



フィリピンにも
日本の有名外食店
大挙して
出店しています

そろそろ
フィリピンで作った
フレッシュな

豆腐、納豆
味噌、煮干し、かつお節
麹 焼酎 漬物
ETC


などを扱う店が
出てきても
いいんじゃあないか?
って期待を込めて
思っています。

クラシの仙人さんは
自家製唐辛子で
ラー油などを
作り始めました

ラー油には
絶対焙煎ごま油ですよ
風味が全然違います

ニンニク、
ネギ類だけでなく
煮干しの魚粉や
かつお節の粉
釣り餌用のエビを
低温で揚げて
ミキサーにかければ
食べるラー油になります

イメージ 4



いいものができれば
日本からの
外食店でも
取り扱って
くれるかもしれません



大豆だって
米だって
小魚だって

ほとんどの
原材料は
日本よりも
安いですからね

趣味で始めた
日本の伝統的な
食品作りが
ビジネスに
結びつくなんてことも
あるかも
しれませんね

フィリピンに
お惣菜店
できないかな~

あと冷凍食品
これがあれば
本当に便利ですよね

保存がきいて
いつでも食べられます


コロッケ、とんかつ
エビフライ
天ぷら
ポテトサラダ
中華総菜

日本人が
作った味って
ちょっと
違いますからね

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8月の渡航 準備はOK

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渡比が
迫ってきています

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今日が
フィリピンに
行くまでの
最後の休みと
なります。

休みを
長くとるため
仕事を詰めました

明日から
5回連続勤務なので

休みの日にできる
フィリピンの準備は
今日までに
やっておこうと
思いました

今回は
4人の日本人の方と
お会いする予定です

昔は
自由旅行専門
だったので

出たとこ勝負

ホテルなんて
予約して
泊まったことなど
ありませんでした

予約なんかしなくても
それなりに
ホテルは
あるものです

でも
今はしがない会社員
いつ帰国しても
いいわけでは
ありませんからね

国内線を予約し
ホテルもきっちり
押えました。

今回は
ビサヤの2島と
ルソンの地方都市を
周遊する旅です

これで
旅行の準備は
ほぼ完了

あとは
く前日に
食べるものの
お土産を
買うだけですね

終わり

いつもご訪問
いただきまして
ありがとう
ございます

ブログ村に
参加しております
よろしく
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清き1票を
いただき
ありがとうございました
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上がりました







フィリピンを冷やせ!

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今回の
フィリピン渡航は 

変わったお土産を
もっていくことに
しました。

フィリピンの
お土産定番いえば

普通は
シーフードヌードルと
チョコレート

なんでしょうけど?

イメージ 9


なんか
シーフードヌードル
もって
空港に行くと

「私はアイタタです」

「これから
フィリピンで
いやらしいこと
してきます」






イメージ 8


って
見透かされて
いるようで
  嫌なんですよね(笑)


私は王者
シーフードヌードルに
代わるものとして

別の食品を
持っていきます

後でご紹介します






さて今日のテーマ

「フィリピンを冷やす!」



フィリピンで
長い間
農業の指導を
されている日本人の方に

「何かいいプレゼントはないか?」

と考えに考えた
   結果.....





「空調服」
いうものを
プレゼントすることに
しました。

イメージ 4


空調服とは

ジャンパーに
小さなファンが2個ついて
それをリチウム電池で
回す仕掛けになった
扇風機がついた服なんです

イメージ 3


届いたので
早速組み立てて
スイッチを入れると
結構強い風が来ますよ

なんか
颯爽と風が通る

バイクで
走っているような
感じでしょうか?

これは

「暑いフィリピンで
農作業の時に
重宝するに違いない!」

と確信いたしました

あとは他の方に

USBで動く
小型扇風機

イメージ 2


これだと
停電になった時にでも
スマホ用のバッテリーが
あれば動きますから

イメージ 7


「フィリピンの停電で
何がきついか?」

っていうと
暑さだと思うんです

扇風機があるのと
ないのとじゃあ
全然違いますよね

あと

首掛け式の
携帯扇風機

イメージ 1



ファンを回すと
風が上部から出て
首に当たるように
なっています

たぶんカバナで
5月に鉢に種をまいた
牧草を
植え替えなきゃ
いけません

その時に
体を冷やすのに
使います。

あと
食べモノとしては
100円の
マルタイ棒ラーメン

イメージ 6


2人前で100円です

今回は
豚骨味と醤油豚骨を
たくさん

あと醤油味を
少し買ました


かさばらないし
40個80人前を
買いましたが
荷物になりません

イメージ 11



これに
熊本ラーメンで
出てくる
黒いニンニク油の
マー油と
角煮を作って
のっけたら

ターロー麺の
出来上がり

300ペソで
売れるような
味になりますよ



イメージ 5



あとは
頼まれた
普通のお土産

焼酎、スマホ、香水
燻製セット、釣り針、
納豆菌、シェーバー
和菓子などです。

結構買ったな~笑

イメージ 10









どうです
皆さん

なかなか
面白いラインナップだと
思いませんか?

ハハハハ


終わり

いつもご訪問
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ありがとうございました
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ブログのお付き合いは 金儲けには したくないよね~

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渡比がもう直前に
迫ってまいりました

今回の訪問は
ビサヤとルソン

今回
お会いする予定の
4名の邦人のうち
3名様は
ビサヤ地方在住の方
なんです

ビサヤといえば
日本の食料品が
手に入りにくい場所

なのでいつもより
お土産に
力が入ります


人の出会いは
一期一会ですからね


私の本拠地ではない
フィリピンの
ビサヤ地方は
2年ぶりの訪問に
なります。

あまり
縁のない土地なので
もしかしたら
もう2度と
会えないかもしれない


そんな
ブロ友さん達の
お土産には
力が入ります

私も
日本食がない
ビコール地方で
2年間暮らしたので

フィリピンでの
日本食の重要性が
痛いほどわかりますし
ほしいものも
よくわかるんです

あれもこれも届けたい
さっきスーパーへ
行ったんですが

野菜コーナーで
目に留まったものは
フィリピンには
ない野菜

ゴボウ、春菊、ゆず
キムチ、梅干し

鮮魚では
明太子、筋子
鮭フレーク、塩辛

加工品では

チーズに
シャウエッセン

水ようかんに
和菓子


ほんとは
スーパーを丸ごと
お届けしたい
くらいなんです

でも
私に許された荷物の量は
チェックイン荷物15Kg
+手荷物8Kg
の合計23kgだけ
なんですよね。

なので
買ったのは
シャウエッセンと
梅干だけ

ほとんど
あきらめました



AMAZON、
コンビニ、スーパーで
どんどんと
買ってたら

明らかに荷物の量が
2割ぐらいは
オーバーしてしまって
いるようです。

「何をもっていかないのか?」

取捨選択が
難しいですね

イモ焼酎は
4人の方
そんなに酒豪じゃあ
なさそうだし
重いのでやめました

あといらないものは...

釣り針?(笑)

針をつけても
つけなくても
  どうせ坊主だから(ぷっ



おもちするのを

やめよう
思いましたが

とても軽いし
ガサバらないので
しょうがない気持ちで
持っていって
あげましょう。



ところで
最近のブログ
フィリピンカテゴリー
を見ると

最近なんか
ビジネスモード

ブログって
「金儲けの道具なの?」
って思います


多少は
しょうがないにしても

上位陣の
何分の一が
そんな感じですよね。

なんか
殺伐とした印象を
受けるし

一抹の寂しさも
覚えます

確かに
フィリピンだと
働きたくても仕事もないし
ビジネスも難しいので

邦人相手で
儲けたい気持ちは
少しわかりますが...

最近なんだか
どんどん増殖して
きていますよね

フィリピンの
カテゴリー

「他の国と比べても
やりすぎなんじゃあないの?」


皆さん
ブログ上位者で
過去に悪い人もいましたよ

ブログ上位者から

借金の申し込みも
ありましたし

悪事にも誘われました。


ブログ上位者だといって
簡単に
信用しないことです

(KEINAを含む)



気を付けてくださいね~


って
フィリピンに
持っていくことをやめた
イモ焼酎を飲みながら
思いました。



終わり


いつもご訪問
いただきまして
ありがとう
ございます。

ポチを張ろうか
張るまいか?

悩む
今日この頃で
ございます




↓↓↓


ありがとうございました
























ブログを お休みいたします。

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フィリピンに行くので
しばらくの間
ブログをお休みさせて
いただきます。
皆さま

よろしく
お願いいたします。

国内線に 乗り継げず(苦笑)

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今 マニラの
第3ターミナルにいます。



ひまです。
なんでひまなのか?
と申しますと

成田発ーマニラ行きの
飛行機(セブパシ)が遅れて

バコロド行きの国内線に
乗り継げずに
乗り遅れてしまいました。

航空会社の規定で
乗り継ぎ予約は
到着予定時刻から
2時間以上 開けなくては
いけないんですが、

そうすると バコロドに着くのが
23時になるのでイヤだなと
思い
一時間半後の 17時30分で
勝負してみましたが
うまくいきませんでした。


結局
最終便のチケットを
自費購入することになり
また4000ペソ
かかってしまいました。

ひまつぶしに
北海道ラーメンの店にいます。









バコロドでは
小物釣り師様が
待っているんです。


オ ク レ ル

サ イ シ ュ ウ ビ ン

デ イ ク


と 今しがた ノロシを
上げたところです。

明日の朝
一緒に オイスカに行き
所長とお会いいたします。


ああ、なんか眠いよん(笑

昔のインド、中国の列車旅や
ダエトの夜行バスを思えば 
これでもぜんぜん
楽なんですが

なんか今日は疲れました
 
はははは

寝不足になった

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マニラ発の 最終便に乗り
飛行機は 闇夜をつんざきながら
ネグロス島最大の都市バコロドへと
向かいました。

小物釣り師様とは
バコロドのシライ空港で
待ち合わせる
予定でしたが
到着時間が 変わったため
先にホテルへ行って
休んでいて
もらうことにしました。

23時過ぎに
やっとホテルに到着し
なんとかチェックインまで
できました。

部屋をみたら
なんと、なんと

ダブルベットなんです。

私はツインを予約した
はずなのに?

なんとひとつの
ダブルベットで
小物釣り師様と
一緒に寝るハメに
なってしまいました。(汗)




もしかしたら、

小物釣り師様
へんな趣味があり

ドサクサにまぎれて
早く来たのをいいことに
ツインから ダブルに
勝手に変更したんじゃあ
ないのか?

勘ぐってしまいました。

寝てる間に
てごめに されないとも
限りません。(笑

そんな思いで
なかなか寝付けません

寝不足な一夜を
すごしました。

苦笑

イロイロは凄まじい発展をとげていた

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ネット環境が 良くなくて
写真が貼れません

よって 
バコロドのオイスカの記事は
ルソンにたどり着いてからに
いたします。

フイリピン2日目は
パナイ島のイロイロ市に
宿泊いたしました。

6年前にイロイロに
来た時の印象は
下町ぽい街に
人がウジャウジャいるような
印象でしたが、

それから開発ラッシュ
新しいエリアに
SM cityが出来て

さらにすぐ隣に
フイリピンのデベロッパー
メガワールドが
大きな商業施設を
建設中でした。







まるでマニラの
グローバルシテイのような
感じになっています。

これだと
東京やマニラに比べても
まったく遜色ありませんね、
 
ここまで発展すると
生活も便利ですね~

これからの
フイリピンはまさに
地方の時代だと
思いました。

ブロ友のmarenaさんは
イロイロSMcityから
20分の場所に
7000m2の土地を安く買い
家を建てられました。

すごく、いいタイミングで
購入されたと思います、

あと何年かすれば
価格が上昇して
手が届かなく
なってしまうんじゃあ
ないでしょうか?


この土地多分10年後には
5倍から10倍に
なるんじゃあないか?
って思います。

私はイロイロに地縁がないので
ここで土地は 買うつもりは
ありませんが

今買っておけばいい投資になると
思いました。



このmarenaさんの
ご厚意で

高級車のフォーチュナーで
片道5時間の道のり

秘境で最果ての村クラシまで
送っていただきました。

やはりクラシは国道なのに
乗用車がほとんど
走っていませんね〜

相変わらず
バイクとトライシクルばかりで
ベトナムのようでした。(笑

同じパナイ島でも

中心のイロイロに土地を買うのと

秘境で土地を買うのとでは

資産価値でドンドン
差がついていくんだろうなあ〜

と 今回の旅で
実感いたしました。

クラシ滞在記

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今、パナイ島のカリボ空港で 
マニラ行きの
飛行機を待っているところです。

いつも通りセブパシ国内線は
遅れています(笑

なんで、12日のバコロド行きだけは
定刻に飛んだのか?(笑




ほんとうは もう空の上の
はずなんですが
まだ飛行機が来ていません


時間があるので、クラシ滞在記を
書きます
 

イロイロから 遥か200キロの
辺境クラシまで
Marenaさんに送っていただき
無事 到着いたしました。

さてさて、このなにもない秘境で 
一日半いったい何をするのか?

あるのは 海だけなので
普通は 海水浴か釣りということに
なるんでしょうけど、

前回、小物釣り師様との
釣り対決はなぜか?
初心者の私keinaの
2連勝で終わりました。

もし今回また勝つようなことに
でもなったらどうなるんだろう?(笑

もしかしたら
プライドをズタズタにされた
小物釣り師匠から
どんな酷い嫌がらせを
受けるかわかりません。(笑

ちなみに前回は
古いアルバムをとりだし
いかに自分が釣りがうまいか
知識があるか?を

延々と聞かされました。

今度また勝ってしまったら
Makatoさんの息のかかった 
爬虫類軍団ブテキ 
マカト家の額縁の裏にいる
とっこーヤモリなどを
総動員して

私に嫌がらせをしてくるかも
知れないので、、、、、

釣り対決はやめることに
いたしました。(汗




それで ひまつぶしに
料理をつくることにしました。

ひとつは 自家製ベーコン

ひとつは 豚骨ラーメンにいれる
黒まー油を作りました。

両方ともうまくいきました。

自家製ベーコンは
簡単なので
お暇な在住さんには
お勧めです。

わたしの記事の
袖に自家製ベーコンの記事か
ありますので
そちらを参照してください。

1 ブタバラブロックの皮をそぎとり
たくさんの塩とこしょうをふります。

2 ジプロックに入れ一週間程度寝かせます。

3 一週間ほど熟成させたあと 
チョロチョロ程度の
流水で2時間ほど塩抜きします。
端を切って 焼いてみて
いい塩かげんでしたら
1時間ほど扇風機を当てて乾かします。

4 チップとピートモスで
薫製にかけます。
温度は80度前後がいいですね、

時間は30分ぐらいでしょうか?
押してみて 弾力があれば
大丈夫だと思います。

熱いうちに 切ると
肉汁が出るので
冷めてから カットしましょう。

魚の薫製もうまいですよ。

結構いいできでした。

あと Makatoさんのブログで有名な
近所のブンジャンが 自宅の 庭で取れた
グアバノの持ってMakato 家へ やって来ました。

取れたての
グアバノをごちそうになりました。

グアバノをくれたブンジャン
ありがとうございました、

秘境まで送ってくれた marenaさん
ありがとうございました

そして Makatoさんの奥さん
いろんな料理を作っていただき 
ありがとうございました

そしてMakatoさん

キロあたり 170ペソの
大きなしまあじを
ご自分で釣ったなどと
嘘をついていただき
ありがとうございました。(笑




皆さんのご親切に感謝です。


成田ーマニラーバコロドーイロイロークラシ

ーカリボーマニラ

旅の半分が終わりました。


終わり

マニラに着きました

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カリボからの飛行機は 
一時間半遅れで
マニラターミナル3に
到着いたしました。(笑


今回は マニラにいる娘に
連絡がつかないので
会わない予定でしたが
なぜかフィリピン
渡航直前になって
連絡がとれるようになり
カバナに行く前に
娘に会って
一泊することに
なりました。

娘に何で連絡が
とれなかったのか?
よくよく聞いてみたら
なんと フランスとイタリアへ
2週間行っていたんだそうです。

私も 娘の年頃に
学割のユーレイルパスを使って 
ユースホステルにとまり
1ヵ月間
ヨーロッパを旅しました。

親子で ローマ、
フェレェンツェ、パリの
話で盛り上がりました。



ヨーロッパはブランド品が
安いらしく

フェレェンツェの
アウトレットで買った
プラダの財布を見せて
もらいました

パパへの
おみやげはないの?

って聞きましたが
残念ながらないそうです 笑

3月にも友達のいる
ニューヨークにいったばかり
娘、本当に旅行が好きです。

今度は スペインに 
インターのときの
同級生がいるので
行きたいそうです。

世界中に友達がいるなんて
うらやましいですね、
私はフィリピン国内だけなので
完全に負けました(笑

暇があれば
どこかに旅行に行くのは
完全に私からの遺伝ですね、

父親は ビサヤ、ルソン周遊

娘はヨーロッパ

暇があれば
親子で 世界中グルグル
回っています。

あと娘の家のメイドさんが
新しい人に代わっていました。

偶然にもイロイロ出身の人
だそうです。
行ってきたばかりの
イロイロの話で
盛り上がりました。
この日の夕食は
メイドさんが作った
ティノーラとトンカツでした。

ティノーラは
抜群にうまくて
驚きました。

このメイドさん
シンガポールに10年いたそうで
英語も料理もうまいです。
いい人に来てもらいました。


今日はこれから
クバオのバスターミナルから
長距離バスに乗り 
カバナトゥアンへ
向かいます。

終わり

カバナトゥアンに たどり着きました。

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娘の住んでいる
イーストウッドから
タクシーで
クバオのファイブスター
バスターミナルにつくと

まさに カバナトゥアン行きが
発車しようとしていました。

動き出したバスに
飛び乗って
マニラから北方約100km先にある 
カバナトゥアンに3時間で
185ペソの料金で
たどり着きました。
待ち時間なしで
乗れたのは
非常にラッキーでした。

今回の滞在場所は
利便性のいい
ハイウェイにある
貸し物件の方に空きが有るので
そちらに
泊まることにしました。


明日は 5月に種をまいた
山羊用の牧草
インディゴフェラーが
いい具合に成長したので
牧草の植え替えと 
果樹の苗木を
苗木屋さんで買ってきて
植樹したいと思っています。


マホガニーとマンゴーの苗木は
ただでもらえるから
買わなくていいそうです。

2日後にアンへレスから
アイタタ友人が合流いたします、

アイタタ友人が拳銃を撃ちたいと
言ってたので
ポリスに頼んでおきました。

今日から私カバナトゥアンに
3泊いたします。

写真がなぜだか
貼れません

スピードは十分出てるのに、、、、

小さい字で
写真もない読みづらい記事で
申し訳ありません、

Keina 腹をくくる その1

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カバナトゥアンに着きました、

さっそく 
貧乏系の知り合いを
数人つれて
カバナトゥアンで 
一番うまいけど
値段はそこそこな 
フィリピン料理店へと
向かいました。

なんでも中の一人は
娘が明日誕生日らしいので、
じゃあ子供たちも一緒に連れて
お祝いしましょうって
いいました。

メンバーのなかには
山羊ファームの管理人を
やるはずだった
警官のロマーノが
戦地のマラウイから
帰って来ていました。

本人は 山羊ファームを
やりたくて
しょうがないようでした。

私は今年の投資は
もう終わった。

やるとしても 
来年からになると
言いました。

それでもいいそうです

加えて

「もし山羊ファームが
始まってから
また マラウイに
行かれると困るんだ」

「ミンダナオ情勢が
落ち着くまでは難しいよね、」


そしたら ロマーノは

「山羊ファームが始まったら
警官をやめます、」


という 返事でした。

いくら薄給とはいえ
公務員の安定した仕事を捨てて
山羊ファームにかけて
みたいそうです。

そこまで言われたら
こちらも
腹をくくるしかありません、

じゃあ 来年早々に 
始めましょう
ということになりました。

Keina 腹をくくる その2

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管理人ロマーノが 
借地を見つけたというので
行ってきました。

私の家から
30分ぐらいのところで、
広さは 20ヘクタール以上
あるそうです。

金持ちが所有している
農地らしく
きちんと整備されていますね、


バーコード(フェンス)も
ちゃんとあるので
助かりますね

農地は マンゴの木があって
奥の方は 芝生のように
なっている平地です。
 
一目で気に入りました、
あとはオーナーとの
借地料だけですね、


高いこと言われないように 
この農地のオーナーと
共通の知り合いがいないか
只今 調査中です。

カバナトゥアンなら
金持ち同士は
どこかでつながっている
可能性が高いし

知り合いがいれば安く
借りられるのがフィリピン
なんですよね、

終わり
 
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